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第1回全国大会 記念講演
「現代版 湯治のすすめ」   信濃毎日新聞社編集委員 飯島 裕一
 私は、20年近く医学・医療・健康問題の報道、解説を担当しているのですが、ここしばらく日本内外の温泉の医学、温泉と健康にこだわりを持って取材を続けています。なぜ「温泉」にこだわるようになったのか−−。まずは、そのいきさつをお話させていただきます。その中に、温泉が健康に対して持っている今日的な意味があろうかと思うからです。
  その後で、温泉がなぜ健康にいいか(温泉の医学的効用)をご説明致します。また温泉は単にお湯に入るだけではなく、さまざまな入浴法があります。最後に、全国各地にひと味違った入浴法を、スライドを使いながらご紹介させていただきたいと思います。    
 私たちは、戦後の復興期、経済成長期を経て、便利で豊か清潔な生活を実現させました。これは、とても素晴らしいことです。しかし、豊かさの影で、負の部分も抱え込んでいます。そのひとつは、昼夜の境がない24時間社会の出現で、不規則な生活が増えていることです。人類が長い進化の過程で培ってきた体のリズム(体内時計)が乱れがちです。

  さらに、経済優先、高度情報化社会の中で、効率化が求められ、ノルマや時間に追われる生活に陥りがちなことでしょう。現代人は、立ち止まることができずに疲れています。それも、適度なスポーツの後に感じるような「さわやか疲労」とは異なり、体の芯に残る精神的な「ぐったり疲労」です。一見健康そうに見えても、どこか不健康な状態にある「半健康人」が増えていそうです。

  また、私たちは、秦の始皇帝が望んだ不老長寿に近い人生80年時代を手に入れました。これも素晴らしいことですが、日本の高齢化社会は欧米に比べあまりにも急速にやってきました。それもつい最近のことです。このために、高齢社会に対応するための社会的な受け皿が欧米に比べ脆弱ですし、「老いをどう生きるか」という個々人の意識も、もうひとつ深まっていません。

  このような中で(温泉水と温泉地)が、半健康人である現代人の心身の疲れの解消や、高齢社会のさまざまな受け皿になるのではないか−−と思ったのです。ことにお年寄りの外出促進や交流の場として、要介護にならないための予防、生活習慣病の予防にも温泉を活用できますし、介護をしている人の疲れの解消にも有効なのです。
 その温泉には、休養、保養、療養の3つの効果が望めます。休養は、日常生活の中で蓄積した心身の疲労を回復(リフレッシュ)するもので、1〜2泊程度の温泉行きです。保養は、日常から離れて次の活動のために体調を整えたり、健康増進、体力づくりを行うことが目的で、1〜3週間程度の滞在になります。療養は、医療として温泉を活用するもので、1〜3週間ほどの滞在を求められます。

  日本古来の湯治は、保養と療養の要素を持っていました。これからの温泉活用・21世紀型の温泉の活用は、保養の側面、つまり疲労回復に加え、健康づくり、生活習慣病の予防、美容などが中心になっていくと考えられます。このためには、温泉保養として、せめて数日間の滞在が望ましいわけです。

  もちろん、1〜2泊の温泉行きを否定するつもりはありません。1日の仕事を終えた後に近くの温泉につかる、休日に日帰りで温泉を訪ねるのも、疲労回復やリフレッシュになることは肌で感じていますね。
 さて温泉の効用につきましては、その医学的な仕組みに話を進めたいと思います。【資料@】をご覧ください。温泉の効用をもたらす要素は、大きく3つあります。図の下に並んでいる、3つの箱の部分ですね。

  まずは温泉水(入浴)そのものの影響です。温泉成分(化学成分・泉質)につきましては、あとでももう少し詳しく触れます。さらに温まる効果もあります。もうひとつ、浮力、静水圧、粘性など、水そのものが持っている物理作用の影響があります。

  次は、「温泉地の自然環境」です。多くの温泉地は、山、高原、緑の林、川、湖、あるいは海など、豊かな自然に恵まれています。転地によるリラクゼーションが望めます。

  3つ目の要素は、「運動と栄養」です。プールでの体操、歩行、水泳、さらに温泉地での散歩、ハイキングなどですね。療養の場合は、理学療法などが加わります。バランスが取れた食事もポイントです。

  以上述べましたさまざまな要素が、さまざまな刺激として私たちの体に総合的に働いて、自律神経系、免疫系、内分泌系などを揺さぶって、全体として体のリズムの歪みを整えるわけです。つまり温泉保養、温泉療法は、一種の刺激療法であり、全体の効果は、ひとつひとつの刺激(部分)の単純な総和ではない、いわば複雑系の医学、健康法ともいえます。これを、温泉の「総合的生体調整作用」と呼んでいます。(資料@の上の箱)
 温泉水の泉質について説明致します。温泉には、さまざまな成分が溶け込んでいます。含有成分によって重曹泉、硫黄泉、食塩泉、放射能泉、鉄泉などとよばれているのは、ご存知のとおりです。温泉の脱衣所などには、こうした含有成分や温度、適応症、禁忌症などが書かれた「成分分析書」が掲げられています。

  ただ、泉質については、こういう状態の人は入浴してはいけませんという「禁忌症」、「入浴または飲用上の注意」は掲示しなくてはならない−−との法的な規制があるのですが、「どんな病気に効くか」つまり適応症については表現は、(何を書いても)法的には規制がありません。
    【資料@】 温泉保養、温泉療法のメカニズム

 
 泉質は、医学的効能が明らかになっているものもありますが、曖昧なものもあります。ただ、温度、含まれている成分の質、組成、量などから「薬理学的に治療効果が期待できる」とされるものを「療養泉」といい、9種類に分けられています。療養泉は、一般的な適応症として、神経痛、筋肉痛、五十肩、うちみ、くじき、冷え性、疲労回復、健康増進などが挙げられます。一方、泉質による効果の違い、特徴も見られます。個性があるのですね。泉質別の主な効用について、【資料A】を参照にされてください。
 日本各地に、美人の湯、子宝の湯、傷の湯とよばれている温泉があります。では、泉質から見て、特徴があるのか−−。この辺について、ちょっと触れたいと思います。

  美人の湯とは、肌がしっとり、すべすべするという点では「美肌(びはだ)」の湯」と言った方が適切かもしれません。ちなみに、「日本3美人の湯」というのがありますが、ご存知でしょうか? ▽川中温泉(群馬県)=石こう泉 ▽龍神温泉(和歌山県)=重曹湯 ▽湯の川温泉(島根県)=含食塩−石こう泉です。

  このように「3美人の湯」の成分は、微妙に違いますね。しかし、いずれも弱アルカリ性で、ナトリウム、カルシウムイオンを含んでいることは事実です。群馬大学草津分院の分院長でいらした久保田一雄先生は、「アルカリの湯の中で、皮膚の脂(皮脂)とナトリウムイオンが結合して、つるつるした感じと清浄感を生み出す。さらに、湯上り後にナトリウムイオンがカルシウムイオンに置き換わると、カルシウム脂肪酸塩ができてベビーパウダーのようなすべすべした感じがするので美人の湯となるのだろう」との仮説を立てています。

  しかし、そのほかの全国各地の美人の湯の泉質は、ずいぶんまちまちです。通称「美人の湯」の成分は一定しないのですね。そうは申しましても、さまざまな温泉成分が、肌をつるつる、ぬるぬる、すべすべさせる、さらっとさせる、脱脂・漂白作用がある、殺菌作用があるなどの化学作用をもたらすことは事実です。一部は、【資料A】の「療養泉の効果」がご参考になるかと思います。
 
  【資料2】 療養泉の分類と効用   
単純温泉 いろいろな成分を含むが、1キログラムの温泉水を蒸発させて残った塩分量が1000ミリグラムに満たない。だが、源泉が25度以上ある温泉。刺激は弱く作用も穏やかで効果もさまざま。万人向きで利用範囲も広い。
二酸化炭素泉
  (炭酸泉)
保温効果が高く、末しょう血管、微小動脈を拡張させるため、高血圧症、動脈硬化症、頸肩腕(けいけんわん)症候群に有効。血管拡張により、心臓に負担をかけずに血液循環を促進。「心臓の湯」。
炭酸水素塩泉 ナトリウム炭酸水素塩泉(重曹泉)は肌がすべすべし、入浴後に清涼感をもたらす。飲むと胃酸を中和、胃の運動を促進して胆汁の分泌を促す。「美人の湯」「肝臓の湯」。陽イオンがカルシウムのカルシウム炭酸水素塩泉、同マグネシウムのマグネシウム炭酸水素塩泉は鎮静効果がある。けいれんを抑えたり、炎症を和らげるため、アレルギー性疾患、慢性皮膚病に有効。飲むと利尿効果があり痛風にいい。 
ナトリウム塩化物泉(食塩泉) 皮膚に付いた塩分が体温の放置を妨げるため保温効果がある。間節痛、筋肉痛、イルマチなどに有効。飲むと胃酸の分泌を整え、腸の運動を活発にさせる。「熱の湯「胃腸の湯」。
硫酸塩泉 硫酸イオンを含んでおり、ナトリウム硫酸塩泉(ぼうしょう泉)、カルシウム硫酸塩泉(石こう泉)、マグネシウム硫酸塩泉(正苦味泉)、アルミニウム硫酸塩泉(明礬泉)の4種類がある。多くの効能があり、陽イオンによる違いが見られるが、保温効果が大きく、末しょう血管拡張作用、隆圧作用もある。 
鉄・緑ばん泉 炭酸鉄泉、緑ばん泉に分類される。緑ばん泉は、硫黄泉や酸性泉と併存することが多く、刺激が強い。
単純硫黄泉・硫化水素型(硫黄泉) 末しょう血管の拡張作用があり、動脈硬化症、高血圧、心臓病に適する。解毒作用があり、金属中毒、薬物中毒に有効。硫化水素ガスには、たんを取り除く作用があり、慢性気管支炎、気管支拡張症などに有効。有害なので換気に注意。「心臓の湯」「たんの湯」。
酸性泉 強い刺激作用、抗菌作用を利用して皮膚病などの治療に使う。皮膚のただれ、湯あたりに注意。 
放射能泉 ラジウム泉といわれ、ラドン、トロンが主成分。飲用すると利尿作用があり、痛風や慢性の尿路疾患に効果がある。鎮静作用のほか、卵巣や睾丸の機能も高める。 
 (阿岸祐幸・北大名誉教授の話をもとに作成)     
 子宝の湯と泉質については、客観的な医学データは全くといっていいほどありません。そもそも、温泉医学の中で、婦人科系の研究論文は、ほとんどなく、わずかに自治医大名誉教授の玉田太朗先生の論文・・・・・と言ってもいいくらいでしょう。子宝の湯のほとんどが言い伝えで、泉質もまちまちです。

 玉田先生は、心と体の関係についての医学(心身医学)もご専門でして、「温泉に行くという転地効果、舅、姑の目から離れる、家事から解放される、夫と二人きりになる−−といった精神的要素も大きいのかもしれない」と話されています。

 各地に点在する「傷の湯」も、泉質は単純温泉、食塩泉、重曹泉、硫黄泉、ラジウム泉などまちまちです。
 温泉で温まる−−これも温泉の大きな楽しみですし、心地よさですね。ただ、気をつけたいことがあります。42度以上の湯に入ることを高温浴といいますが、一般的に熱い湯は体への刺激も強く、避けた方がいい、というのが現在の温泉医学の定説です。

  熱い湯は、体力を消耗させますし、いきなり熱い湯に入ると交感神経が興奮して血管が収縮するため、脳出血を起こす危険性があります。汗をかき過ぎますと、体の水分が失われ血液が濃くなり、血の塊(血栓)を誘発する恐れがあります。さらに熱い湯は、血栓を溶かす働きをも低下させますから、脳梗塞、心筋梗塞の引き金にもなりかねません。入浴は意外に事故が多いですから侮らず、注意が必要です。

  一方ぬるい湯は、副交感神経を優位にして、心身をリラックスさせる働きがあります。寝つきもよくさせます。一般的に、熱い湯は避け、ぬるめの湯に入ることを強調しておきたい、と思います。
 温泉水そのものが持っている物理作用についてご説明します。浮力、静水圧、粘性、摩擦抵抗です。皆さまも浮力はよくご存知ですよね。60kgの人が首までどっぷりとつかった場合、この人の水中での体重はどのくらいになると思いますか?わずか6.1kg、10分の1にまで減少します。これは湯の外に出ている頭の重さも加えた全体重です。

  浮力によって体が軽くなるため、広い湯船で手足を伸ばしますと浮遊感があります。ゆったりとした気持ちになり、リラックスしますね。生まれてくる前の「母なる胎内」にいるようなのかもしれません。温泉の湯の力が持っているリラクセーション効果のひとつは、この浮力にありそうです。

  また、体が軽くなりますから、関節などに無理をかけずに運動ができます。さらに、空気中では、よろめけば転ぶ危険性がありますが、水の粘性には体を支える働きがあるため倒れにくいのです。水の摩擦抵抗は空気より大きいですから、水中で運動すると、空中より負荷がかかります。手すりにつかまって歩くだけでリハビリなどに有効な運動ができるのです。骨そしょう症や肥満の予防にもいいですね。

  一方で侮れないのが、お湯そのものの重さである静水圧です。どっぷりと首まで湯につかりますと、お湯の圧力によって体がギューッと押されて、胸囲も腹囲も数センチ縮みます。このため、首までつかると横隔膜が押し上げられ心臓に負担がかかります。また、お湯の重さによって体の末しょうの血管が押されますから、心臓に戻ってくる血液の量が増えて、心臓に負担がかかります。一般の家庭の風呂も同様ですが、心臓などが弱い人やお年寄りは、どっぷりとつからず、座浴(座っての入浴)がいいのです。寝た状態で入る寝浴も循環器系に負担が少ない入浴法です。
 ところで、温泉保養・療法によって、私たちの体内にいろいろなホルモンの分泌、血圧、心臓の拍動数、基礎代謝量、血中中性脂肪や血糖値などが、ほぼ7日周期のリズムを描きながら正常化していくことが分かっています。阿岸祐幸・北海道大学名誉教授らの大きな研究成果です。

  これは、温泉保養、温泉療法によって体のリズムが整えられることと深くかかわっており、温泉の総合的な刺激によって誘発される「総合的生体調整作用」を生み出すメカニズムと考えられています。古くからの湯治には、1巡り7日の単位が多いのです。2週間は2巡り、3週間は3巡り、1ヵ月は4巡りと、古くからの湯治の手法は、生体リズム調節の上で理にかなっていた−−といえそうです。

  温泉保養、温泉療法の原点は湯治ですが、3週間から1ヵ月続けますと体の反応に慣れが生じます。つまり、温泉水や温泉地への転地効果などの刺激が、刺激として働かなくなるのです。ですから、3週間から1ヵ月の滞在を限度に、数ヵ月から半年してから再度訪れるのが効果的とされます。

  一方、長期滞在しなくても温泉にゆったりつかるだけで、心身が和らぐことを私たちは、肌で感じています。温泉によるリラクセーション、リフレッシュ効果です。では、心が安らぐ、という具体的なデータはあるのでしょうか?

  温泉に入った後は、くつろいだときに出るα波という脳波の割合が増えていることが分かっています。また、広い湯船でゆったりと入浴すると、狭い浴槽に比べてα波の出現割合が増える、とのデータもあります。内風呂に比べ、露天風呂の方がα波の比率がより高くなることも確認されています。状況証拠ですが「温泉で命の洗濯」の医学的な裏づけのひとつでしょう。
 温泉には、広々とした湯船でゆったり・・・・・・、といったイメージが強いのですが、風呂好きな日本人は、古来から様々な入浴法を考案して湯治に生かしてきました。全国各地の「ひと味違った入浴法「ユニークな入浴法」をご紹介させていただきます。
 *鹿児島県・指宿温泉の「天然砂むし」。
 *長野県・中房温泉のむし湯。大分県・鉄輪(かんなわ)温泉のむし湯、山形県・瀬見温泉の「痔むし」。
 *大分県・明礬温泉の泥湯、熊本県・地獄温泉の泥湯。
 *群馬県・草津温泉の時間湯。
 *大分県・寒の地獄温泉の冷泉浴。
 *秋田県・玉川温泉の岩盤浴。
 「ピン・ピン・コロリ」という言葉があります。頭文字からPPKなどとも言われていますが、元気に生き抜き、天命を全うして長患いせずに亡くなる−−という意味です。「コロリがひっかる」と言う人もいますが、心筋梗塞や脳卒中などであっけなく、というのではなく、長く寝込まないで・・・・・と解釈してください。健康寿命を伸ばそうということでもあります。

  ピン・ピン・コロリ−−。人生80年時代を豊かに過ごすためにも、健康づくりにも、温泉をもっともっと活用したいものです。
 
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